潰れる大学、潰れない大学
世の中には二極化したほうがいいこともある。格差が必要なこともある。
それを自分で選べることが大事なのである。
大学改革の現状と課題
Simple man simple dream
高校全入以後、高校は一般のモノに落ちた。大学全入後、大学が今の高校のような状態になってしまうのではないか。
新基準での「大学」に該当するのは、東大をはじめとする一握りの超難関大学と欧米の大学だけであろう。それ以外の大学では、「大学」としての最低限の教育水準を保つためにも、出来の良い学生には大学に残って修士号を取得することをつよく薦められるようになるだろう。
だからこそ大学は二極化するべきなのである。
入りやすい(=下の)大学は底辺の学生を捉えて人数を稼ぎ、収入を上げればよい。
入りにくい(=上の)大学はデキる学生を捉えて付加価値を与えればよい。
その中で如何に大学が個性を出せるのかが高校生を捉えるキーワードになってくるのだ。
底辺の大学はどうすれば高校生を捉えられるのかを勘違いしているような気がする。
聞いたことの無い学部名を作る、最近の流行のキーワードを使った学部名を作る、看護・アジア・地域・コミュニケーション。お前らいったい何がしたいのかと。
大学の専門学校化が進んでいるのではないかと。
上辺の大学は如何にデキる高校生を捉えられるのかに躍起になっている。
教授の引き抜き合戦・立地改善(土地の安さから都心から離れた場所に大学を作ったブームがあったex西東京八王子千葉神奈川西武)・ブランディング
二極化の中でのそれぞれの競争が行なわれている一方で、その授業の中身に改善点が見られないことは問題の一つだ。研究費が多ければ良いってもんじゃない、トップ30も口だけになってはいないだろうか。
確かに人を集めないと、経営は出来ない。しかしこれからの日本を担う人材を輩出する義務もある。東大法学部ばかりの官僚に何ができると言うのか。
いまこそ新しい力が必要だ。
個人的には底辺の大学はかなりの数潰れても良いと思っている。いや大学全入時代の弊害の少子化によって既に再生法申請したところもあるようだ。
競争は質を高める。
大学生になったら大学生でしかできない事をしっかりやることが大事なのだ。
恋も勉強もしなさい。